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銀メダルのひと

大分での講演から帰る車中で、とても不思議で魅力的な男性と隣り合わせになりました。頭は光っていて眉も白いので老人だとは思うのですが、パープルで統一したトレーナーとスニーカー、そしてその立ち居振る舞いの軽やかなこと。年齢がさっぱり分かりません。

 彼はリュックサックの中から新聞を取り出して、世界ベテランズ大会の種目別成績表を眺め、フムフムとひとり合点しています。身体中からうれしさ楽しさが発散しているのです。

 揺れる車中をひらひらとバランスを取りながら歩く姿は、ただの老人ではありません。ハハア、彼は宮崎のベテランズ大会でよい成績が取れたのでいそいそと帰る車中なのだと、私はひらめきました。

 というのは、前日の大分行きの車中でも大会のマラソンに出場するという選手とたまたま隣り合わせて、大会の内容や日程についてしっかり情報を仕入れていたので推理力が働いたわけです。

 さて、彼が話しかけてきたので「宮崎の大会でいいことがありましたか」と訊ねると、子供のように無邪気に目を見張って「あんたは霊能者?」「ええ、冝保愛子先生の弟子なんです」、私は両手を合わせながらクスクス笑いました。

 彼はベテランズ大会で、棒高跳びと三段跳びの銀メダルを獲って帰るところだったのです。75歳だということですが、その晴れ晴れとした表情、身軽さ、純真さ、とても年連が信じられません。

「あんたの仕事は?」と聞かれて「死の問題の研究者です」と答えると、「死、ねえ」と困った様子。

「僕は2年後のバッファロー大会で金メダルを狙うつもりでトレーニング計画を立てなくちゃならない。年々記録が伸びるので年を取るのが楽しみで仕方がないのです。死については今のところ関心がないね。あんたには申し訳ないけど...」

私は大笑いしてしまいました。この老人相手にターミナルケアの話は全く似合いません。

でも降りる間際、彼はふと真顔になりました。

「息子を17歳で亡くしました。肺がんで。東京オリンピックの直前だった。私はヤツの写真を胸ポケットに入れてオリンピックの審判を務めました。ヤツが死ぬ前、父ちゃんと一緒に行きたいと言ったもんで・・」

ひとりで下車すたあと、彼は私の窓のところへ来て、手をあげて目くばせをしました。それから競歩の足取りで腕を振り振りホームを歩き去ったのです。(完)

 *書棚の整理をしていたら、1992年に発刊したエッセイ集「カーテンコールが終わるまで」という本が出てきました。中に「銀メダルの人」という東京オリンピック開催中の今の時期にぴったりの内容のエッセイがありましたので、書き写してここに載せてみました。40代前半に書いたものです。宜保愛子さんの名前が出ていたりして、いかにも時代の隔たりを感じますね(笑)

神学院の赤い屋根

 梅雨の晴れ間に散歩に出かけました。七隈四角を真っ直ぐ南へ進むと福岡大学の医学部ですが、左へ折れて、地下鉄七隈駅前を大通り沿いにへ東へ歩くと、Q電の変電所や研修所、城南市民センターと図書館方面です。今日は、このブログのフォロワー、ジイジさんが子供の頃住んでいたと言われる一帯を散策してみました。ジイジさんとはお会いしたことはないのですが、子供の頃や学生時代、同じような地域で過ごしていたようなのです。

 これまで私は、図書館をよく利用していました。が、最近は電子図書館で電子書籍を借りて済ませることが多くなりました。返却の手間がかからないのですごく楽。貸出期限が切れるといつの間にか本が自動的に返却され、消えて無くなっているのです。

左手は坂道で、社員研修所があります。
60 年前にもあったのかどうかは分かりません。
日本カトリック神学院前のバス停は「小松ヶ丘」です。ここ一帯の地名は「松山」
道路を挟んで向こう側は「片江」と言います。
バス停の奥には公園があり、コンビニでアイスコーヒーを買って一休みするのに最適な場所。
私の散歩コースのお気に入りのスポットです。

公園の裏手が、ジイジさんが懐かしんでおられた赤い屋根の神学校です。当時は、聖スルピス大神学院と呼ばれていたと思います。2009年に東京カトリック神学院と合併され、日本カトリック神学院福岡キャンパスとなったそうです。

子供の頃、見慣れた建物や通学路がまだ残っているのは嬉しいものですね!

弁当を作る

コロナ禍、事務所で昼食を食べる息子と、自宅の自分たちのために、出来るだけバランスの良い弁当を作ることにしています。前夜の晩ごはんの食材を取り分けておいて全く別のおかずにしたり、生協の冷凍食品を使っていろいろ工夫するのは楽しいものです。

弁当といえば梅干。昨年は大きな南高梅で柔らかく味の良い梅干ができ、重宝しました。今年もそろそろ梅干作りの季節が到来します。

歩こう歩こう♪わたしは元気〜

身体も頭もかなり老化していますが、足腰は不思議に丈夫です。低血糖さえ起こさなければ、2〜3時間は平気で歩けます。ただし平坦な道に限ります。急坂や階段は苦手。

近所の、足を踏み入れたことのない路地や、表しか眺めたことがない古い団地の中をゆっくり歩いて探訪することも楽しみです。旧公団住宅はゆったりした配置、木々も大きく繁り、合間に中庭風な公園もあります。静かな公園のベンチで団地の住人みたいな顔をしてペットボトルのお茶を飲みます。「濃いお茶」が好き。あんこのお菓子にぴったりです。

さて、いつも買い物に出かけるバス通りから、真正面に見える山は油山です。福岡市民に親しまれている標高597mの低山。この道を真っ直ぐ行くと30分くらいで麓まで着くはず。歩こう歩こう、わたしは元気〜♪

麓には福岡大学のキャンパスが広がっています。大通りの右手は医学部と薬学部、看護学科。自宅から徒歩圏内に大学病院があるのはとても安心です。

最近は、コロナ禍で中に入りにくくなりましたが、以前は、バスの乗り換え時間に
スタバのコーヒー飲みながら、病院のロビーで池を眺めてゆったり過ごすこともできました。
池の側で立ち止まって覗き込むと、錦鯉が群がり寄って来ます。あらまあ、立派な鯉!

結局、病院の裏通りを道なりに進み、左手の橋を渡るとすぐに油山の麓。崖の下には、マンションや学生アパートが密集して建っています。山裾というより、福岡大学の学生さんたちが行き来する大学の一角という感じの場所でした。

私が通った大学は、博多湾沿いの海の近くにありました。青春の光景というと潮風と砂浜、帆を傾けたヨット。友人達とたむろした西新町の喫茶店「ボンコアン」(でしたっけ?)のクリームソーダの真緑と白のコントラスト。福岡大学の近所には喫茶店もカフェも、そもそも店が少ないのです。学生さん達、地下鉄で天神まで出るのかな?福岡市の地下鉄は便利で、繁華街も空港も30分以内に着きますから。

楽しい散歩の時間でした。ぶらぶら散歩の所要時間は2時間ちょっと。皆さんもどうぞコメント欄で昔話などご自由に語り合ってくださいね!

庭のタケノコを愉しむ

わが庭のささやかな竹林に、今年もタケノコが生えました。型は小さいのですが、味はとても良いのです。朝掘って、皮を剥いて、米糠と唐辛子🌶を入れた、たっぷりの水で長いこと茹で、そのまま冷めるまで置いておきます。

エグ味が全くないので、安心していろいろな料理に使えます。
木の芽和え、味噌汁、吸い物、ちらし寿司、タケノコご飯。
でも、何と言っても1番好きなのは、少し甘めの味付けで
鶏もも肉とコックリと煮合わせたもの。薄めに切って、アッサリ醤油味でさっと煮て
削りカツオをまぶしたものも美味しいです。
あー、巡る季節の食べ物って、しみじみ「今年も生きている」的な幸せを感じますね〜。
コロナの時代の高齢者にとっては尚のこと。

鶯に起こされる春の朝

 今年は例年に比べて、春の自然界の行事が前倒しのようですね。入学式につきものの満開の桜が、卒業式の背景になっていましたもの。2月頃から「ケケ、ケキョ…」と頼りなく鳴き方の練習を始めていたウグイスも、今年はいきなり「ホーホケキョ」と朗々たる完成形で鳴いています。「鶯界も即戦力が求められる時代なんじゃない?」と息子は笑いますが、毎朝、6時半から窓のそばの木の枝でテノール(鳴くのはオスらしいので)がひびき渡ると、宵っ張りの朝寝坊一家は「あー、もう静かにして!」と苦情のひとつも言いたくなります。30分は鳴き続けています。「あらまー、風流じゃない。羨ましい環境ね」と友人達は言いますが。

最近、庭に鳥がやってきます。というか、餌を置いているからですが。スズメ、ヒヨドリ、メジロ。カラスも夫婦でやってきます。

食卓に座っている私達と目が合う位置に止まって
無言で餌を要求するカラスの旦那さん。
奥さんは屋根の上から様子を見ています。
固いパンは水に浸して柔らかくして食べています。
さすがカラス。賢い!

1月末から、わたくし。高血圧、高血糖、不安感にうつうつ気分…心身の調子がグダグダ状態が続いています。あれこれ検査をしましたが、ストレス性のものではないかというところで落ち着いています。元々、メンタル弱いところへ持ってきて、この1年、みんな一緒ですが、閉塞した不安な日々でしたからね。おまけに、白内障手術後、視力が落ちてしまい眼鏡を3種類くらい掛け替えながら日々を過ごしています。手術の前にもう少し調べたり説明を求めるべきでした。

テレビの音がハッキリ!

  ネックスピーカーは優れもの

最近、聴こえが悪くなって、テレビの音や人の声(特に家族の)が聴き取り難く困っていました。若い頃に左耳の「突発性難聴」を患い、すぐに治療をしたのですが中度の難聴が残ってしまいました。右耳が良く聴こえていたのでカバーできていたのですが、「歳を取って老人性難聴になったら補聴器🦻がいるだろうな」と予想はしていました。その時期がそろそろやって来たようです。

ステイホームの日々、夫はよくテレビの前に座っています。私はこれまでテレビはあまり見なかったのですが、暇になり、一緒にテレビの前に座る時間が増えると聴力の差が問題になります。耳の良い夫に合わせると私が聴こえず、私に合わせると大きすぎて夫がうるさい。この問題を一挙に解決したのが、首かけ式の集音器でした。

古くなったテレビを買い替えるために出かけた家電量販店。テレビ売り場に置いてあったsound-partnerの箱を見つけて、「これよ。これ!」とビビッと来ました。テレビは50インチの置き型。10年前に買ったこれまでの40インチのものに比べるとすごく鮮明です。

家の居間に設置し、Bluetoothを設定。ネックスピーカーを充電して首にかけると、まあ、なんということでしょう。耳元からはっきりとテレビの音声が聞こえます。テレビから10mくらい離れた所に居ても大丈夫です。同じ音量で明瞭に。

たまたまシャープの製品を買いましたが、他のメーカーのものも
いろいろあるのではないかとおもいます。置き型の小さなスピーカーもありますよ。

というわけで、良く聴こえる快適さを味わいつつ、テレビを見ている時間が増えました。首にかけていることを忘れるくらい軽いです。ちなみに、私が好む番組は、ニュースとドキュメンタリー番組、古い映画。BSの「イタリアの小さな村」や、所ジョージさんの「ポツンと一軒家」も面白いです。

初湯は屠蘇風呂で

初湯は屠蘇風呂。NHKの「行く年来る年」で永平寺の除夜の鐘が鳴るころ、お風呂を沸かし、この風情のある紫色の布袋を浮かべます。創業300年、直方市植木の東岡堂特製の漢方ブレンドの薬湯の素。毎年、知人からいただくもので、浴室に馥郁たる生薬の香りが広がります。肉桂、陳皮、センキュウ、フェンネル…。身体も浴室も暖まったところで、窓をちょっと開けると、真冬の冷気がスーッと流れ込み、とっぷり浸かった薬湯の温かさと、顔に当たる外気の冷たさが交流するこの瞬間が「あー、極楽、極楽」。至福は、こんなささやかな瞬間にあるのかもしれません。

浴室の窓ガラスは、通販サイトで窓ガラスシートを購入してDIYで。シックな色合いと植物系の総柄ですっかりお風呂がおしゃれに変身。2000円くらいのとてもコスパの良い製品ですがピタッと貼るのが大変で、夫と息子が2人がかりで窓を外して貼りました。

2020年は、COVID-19のパンデミックを目の当たりにするという衝撃的な年でした。100年前のスペイン風邪も2年目が酷かったと聞きます。2021年、どうなるのでしょうか。収束を祈りつつ、感染防止に最新の注意を払って過ごしたいと思います。皆さまも、どうぞご無事で良い年を過ごされますように。

白内障手術で入院中

白内障手術は日帰りで行われることが多いのですが、両眼を治療する場合は片目ずつ間を空けなくてはなりません。両眼一遍に片付けたい私は、入院することにしました。糖尿病を持っているので、この際、血糖コントロールもしておきたいと一石二鳥を狙っての入院です。60代後半から、車のライトは眼を射るように眩しく、夜は、家の間接照明ではものがよく見えなくなりました。ここ数年、ずっと手術したいと思っていたのですが、家族の病気やらコロナやらで、なかなかチャンスがありませんでした。老猫メロンも看取り終えてホッとひと息、福岡のコロナ感染状況も今のところ落ち着いています。自分の身体のメンテナンスをしようと入院しました。昨日、右眼の手術が無事終わり、眼帯を着けたまま過ごしています。今朝、眼帯をチラッと外して診察を受けたのですが、まだ見え方が不安定で先に手術を受けた先輩諸氏の言われるような、劇的な明るい世界が眼前に広がるというところまではいきません。

明日、朝一番で左眼の手術予定。看護師さんが耳朶から採血してくれるので、ちっとも痛くありません。両眼の眼帯が外れる日が楽しみです。今日は、血糖値の日内変動を調べるため11回の血糖測定をしました。ここの病院には高名な糖尿病専門医がおられるのです。前から一度、セカンドオピニオンを伺いたいと思っていたので、あれこれ質問して勉強になっています。眼科も糖尿病科も女性のドクターと看護師さんばかり。話しやすくて安心感があります。

良く見えないまま、片目でブログ書いています。ハァ、疲れました…。

本日の昼食。糖尿病食1600キロカロリー。毎日、間食もせず、このような規則正しい食事をしていると、確かに血糖コントロールが良くなるだろうと思われます。でも、ケーキ🍰や饅頭の誘惑を退け続ける自信がありません。

メロン、猫らしく逝く

9月30 日の夜更、私の仕事部屋の机の下で、老猫メロンが息を引き取りました。夕方、いかにも辛そうにしているので、背中を撫でたり、水で口を湿したりしたのですが、触られるのを嫌がって這って奥の方へ逃げて行きます。そういえば、猫は、最期は暗い静かなところでひとりで過ごすことを好むと、何かの本に書いてありました。何度も病院に連れて行ったり、付きっきりで看病したのは、飼い主の自己満足で、猫メロンにとっては大いに迷惑だったのかもしれません。ごめん、もうそっとしておくね、と手を合わせて謝り、階下で待機すること数時間。途中、下顎呼吸になっているところまで確認したのですが、ひとりで死ぬ!という強い意思を感じて、またもや階下へ。23時頃、息子が覗きにいって「暗くて良く分からないけど、多分もう死んでいると思う」と2階から下りて来ました。みんなで電気をつけてよく見ると、目を開けたまま息絶えていました。よう頑張ったね、メロンさん。100歳の老猫でも、死ぬのはなかなか容易なことではありません。でも、猫らしく立派にひとりで逝きました。

メロンお気に入りの膝掛けで包み、保冷剤を入れた発泡スチロールの箱に納めました。翌朝、ネットで見つけたペット葬祭場に運び、火葬をお願いしましたが、価格も、リーズナブルで、とても感じの良い対応。心癒されました。ほんのぽっちり返骨してもらい、後は、他のペットさんたちと一緒にお寺のペット墓に納めてもらえるそうです。ほんのぽっちりの遺骨は、庭に埋めてやりましょう。

不眠気味の夜を過ごしていましたが、飼い主としての責任を果たせたせいか、ここ数日、久々にぐっすり眠ることができています。励ましやアドバイスをいただき、ありがとうございました。

彼岸花(曼珠沙華)の季節で、わが家の隣の空き地にた紅白の花がたくさん咲いています。最近は、あまり言われませんが、昔は、お墓に咲く花として敬遠され、切り花として部屋に飾ることは好まれません。
鱗茎に毒がありますが、民間療法では貼り薬として使われます。その昔は、魔除けの花でもあったとか。花言葉は「また会いましょう」。メロンのひつぎに添えました。