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今年もちょっと、鬱色の桜見物

昨日、近所の友人とささやかな桜見物に出かけました。うちから地下鉄で数駅の、中村学園大学の構内の桜です。本数は少ないのですが、大学の建物越しに見える景色が素敵なのです。ハードな がん治療後の後遺症に悩む友人と、糖尿病がパッとしない私。今年も桜が見られて良かったと、それぞれ心の中で思いながら、満開の桜を眺めたことでした。

中村学園は栄養や調理で知られた学校なので、学食にも力を入れています。地域の人たちに開放された学食のランチは美味しくて栄養のバランスがよく、あっという間に売り切れてしまいます。

ちょっと遅く着いてしまった私達。ランチにはありつけず、カレーを食べておしゃべりを楽しみました。桜の季節は毎年、鬱っぽい気分で迎えますが、桜そのものに、日本人の気持ちの深いところをそっと揺さぶる憂いがまとわりついているのでしょうか。

 

築地・国立がんセンターでお寿司を食べる 

前回、睡眠薬をべルソムラに変更したら、夜中に金縛りが出現し、あえなく1回で中止した話を書きました。すると、知人から手紙が・・。「私もべルソムラでひどい悪夢にうなされ、すぐに挫折しました。『そうだ、そうだ』と言いたくて」手紙を書いたのだそうです。私同様、彼女もまたレンドルミンに戻り、「眠れずに翌朝血圧が上がるよりはいいかと、ためらわずに飲んでぐっすり眠っています」とのこと。以前住んでいたマンションの、仲良しのご近所さん。きれいな筆跡の手紙。懐かしかったです。ありがとう。私も、最近、努めて手紙を書くようにしています。忘れていた字も思いだすし。

さて、久しぶりに仕事で東京へ行きました。国立がん研究センターの19階のレストランで、ランチに海鮮ちらしを食べました。ハーフサイズです。眼下には築地市場が。だからでしょうね。ここのお寿司はすし職人が作ったような感じなのです。10数年前、5年生存率50%の悪性度の高い胃がん、と言われたばかりの友人と、まるで最後の晩餐のような気分で、このお寿司を食べた記憶が蘇ります。胃を全摘したけれど、友人は今も元気に暮らしています。!(^^)! この度、テーブルの前にいる人も、同じ頃、同じように悪性度の高い胃がんと言われた別の友人。胃が無くても、ゆっくり食べれば、無事お腹に納まるもののようです。身体の一部を失うと、近くの器官が代償的に働いてくれます。身体はなんて健気で頼りになるのでしょうか。

なまけるな イロハニホヘト  散桜 

江戸後期の俳人、小林一茶の句です。

毎日のように散歩するいつもの公園の桜の枝に、数日前、ちらほらと白い花びらがついていました。連れ合いの調子が良くなくて、数日散歩を休み、今日、買い物のついでにひとりで公園まで足を延ばしたら、あれま、7分咲きになっています。桜の季節は夢まぼろしのように過ぎていきます。人生もうかうかとしていると、あっという間に盛りは過ぎ、一夜の雨風で散り果てます。若者よ、なまけるな。イロハニホヘト散桜ですぞ。少年老い易く、学成り難し・・なんて言うと、学生は「ハ?」と顔を見合わせることでしょう。さて、来週から新学期が始まります。我ながら、50歳も年の離れた学生をよく教えているものだと思います。

一茶の句は、言葉遊びに紛れて人生の無常を感じさせる、面白哀しい俳句ですね。この人には、右翼の街宣車のような句もあるのです。「桜さく 大日本ぞ 大日本」。松岡正剛さんの<千夜千冊>というブログで教わりました。

柳川さげもんと吉田博展

香川うどんお勧めの、久留米市立美術館(ブリジストン美術館)での吉田博展。3月20日までだったのですが、17日に見てきました。「今日こそ行こう」と思いながら、なぜか仕切り直しをすること数回。かろうじて閉幕までに間に合いました。大牟田線に乗って久留米で降りず、通りすぎて柳川まで行って、うなぎを食べて「さげもん」(つるし雛)を見て帰った日もありました。出かける用意をしていたら、急な用事が入り、別の場所に行った日も・・。

久留米市出身の画家の里帰り展ということもあって、すごい人気。特に、朝日 と夕日を受けた帆掛け舟の連作、日本アルプス剱山の朝などの版画の前は、黒山の人だかりでした。吉田博は明治・大正・昭和初期に活躍した画家です。昭和25年に亡くなりましたが、戦前は、海外で良く知られた画家だったらしく、嘘かまことか、終戦直後、日本に降り立ったマッカーサーが「吉田博はどこだ?」と訊ねたとか。戦後数年間、吉田博邸は占領軍の軍人や夫人たちの文化サロンのような趣を呈したそうです。

博は23歳の時、片道切符で渡米し、デトロイト美術館でデビューして成功を収めています。水彩の日本的な風景画は驚くほどよく売れたそうです。以来、度々、数年がかりの海外旅行をしています。アメリカやヨーロッパ、エジプトなど、世界中の有名な観光地の絵を描いています。万国共通のセンスの良さ、分かりやすさのある絵なので、行く先々で売れたようです。大正・昭和ひとけたの時代の船旅ですから、時間もお金もかかる命がけの旅だったと思います。吉田博は旅行家・登山家としても優秀な人でした。明るい透明感のある水彩画や、何十回も刷って仕上げるという木版画などは、実に現代的で洗練された画風です。画家としての技術的なレベルは大変に高いのですが、どちらかというと思想性のない(めんどくさくない)、軽い絵葉書風。また、当時の外国人受けを狙った芸者・フジヤマ的モチーフの作品が多いこともあって、どこかしら商業主義的な感じもする絵画です。当時の画壇の中心だった帝展の大御所、黒田清輝を批判していたとのことですが、吉田博自身も帝展の審査員にまで「出世」しています。展示作品に添えられた学芸員の解説文を読む限り、今回の展覧会の主催者側は、ぞっこん博に惚れこんでいる感じ。また、展覧会の来場者も、ほとんど「いいね!」「素晴らしいね!」と言い合っていました。私も、軽くて洗練されたものが好きなので、この人の作品は好きですが、同行した連れ合いは(思想性を重んじるタイプの人)、同じ久留米出身の画家でも、坂本繁二郎や高島野十郎の方を評価する様子でした。ま、好みですね。

西鉄柳川駅のさげもん。柳川の女性たちの手仕事だそうです。土産物店では立派なセットが、7万~15万円で販売されていました。普通の雛飾りより、私はこれが好きなんですが、とても手が出ない高値の花。

 

 

「不安のままに生きる」森田療法セミナー

東京慈恵会医科大学の初代精神科教授・森田正馬が1919年に始めた森田療法。神経症患者のために考案された精神心理療法です。当時、世界的に評判になっていたのがフロイトの精神分析ですが、心の奥底の無意識の部分の分析とは対極をなす治療法。神経症患者のこまごまとしたしつこい訴えは打てあわず「不問に付して」、「とにかく入院して1週間、何もせずにひとりきりで部屋からも出ずにじ~っと絶対安静状態で寝ておきなさい」という奇妙な治療法です。絶対臥辱の1週間の後に、2か月ほどかけて、少しずつ社会復帰の活動を増やしていくものです。若い頃から心気症(病気ノイローゼ)だった私は、森田正馬の本を愛読していました。年に1~2度、うつ状態を伴った心気症状が起こるのを、何とかやり過ごしながらこの歳まで生きてきました。

ここ10年ぐらいは、よほど不安のひどいときは、迷わず精神科のドアを叩くようになり、薬も使いながらいろいろと病気のことや自分の生き方について精神科医師と話すようになりました。そんな私の、メンタルヘルスの主治医、黒木俊秀医師とふたりでこもごも語り合う森田療法のこと。現在、森田療法は職場や学校でも応用されており、国際的にも東洋的でユニークな精神療法として評価されています。外来でも可能です。心気症やパニック障害、対人恐怖など、生きづらい人生を生きている方へ贈る、「不安のままに生きる」というタイトルの、患者と主治医のコラボです。多分面白いと思います。ぜひどうぞ。

日時 2017年1月29日(日) 午後2時~4時半  * 満員につき終了しました!

会場 九州大学医学部百年講堂  資料代 500円 定員70名

講師 黒木俊秀(九州大学大学院教授。精神科医師・臨床心理士)

波多江伸子(作家・がん患者団体代表)

お申し込みはFAXかメールでお願いします。住所・氏名・年齢・所属 を記入の上、九州大学大学院医学研究院精神病態医学分野内 九州森田療法セミナー事務局まで。E-mail :kokoroseminar20@gmail.com    FAX 092-642-5644 締め切りはありませんが、できるだけお早目に申し込んでくださいね。すぐにいっぱいになりそうな小規模の会です。

「不安のままに生きる」講演会チラシ

 

いわしのショウガ煮

師走のデパートの食品売り場には、昆布や黒豆、ユリ根など正月用の食材が出回っています。おせち重の見本を横目で眺めながら、鮮魚売り場で、新鮮な小いわしを2盛買いました。デパ地下の魚屋さんは、すごくサービスが良くて、小いわし20数匹の頭を落として、きれいにお腹まで出してくれるのですよ。わずか500円なのに。酢を入れた湯でざっと下茹でして、圧力なべで甘辛く煮ました。刻みしょうがたっぷりと手作りウメ干しも2個ばかり入れて。脂が乗っており、骨ごと食べられて結構なお味でした。塩分控えめ。キラキラした新米によく合いました。3匹づつ食べて、あとは保存容器に。

井深ネギと鶏肉と里芋の味噌鍋も、柚子胡椒を薬味にするとなかなかの風味。昨日、連れ合いが作ったアジのコブ締め。冷蔵庫で良い具合に締まっていたので細切りにして、大根おろしで合えました。たんぱく質過剰な夕食でしたが、食後は、デパ地下で買った上等なほうじ茶でさっぱりしました。熱いほうじ茶の香り、大好きです。

今年は、とても忙しくて、バタバタ働いて過ごしました。でも、本当に忙しかったのか、仕事が遅くて捗らなかったのかは不明。とにかく、いつも、深夜まで何かの準備に追われていたような気がします。

この度の、ブログ消滅事件からもお分かりと思いますが、私の人生は無駄の連続です。忘れる・落とす・失くす・間違える → 取りに帰る・謝る・問い合わせる・再度買い直すetc. の繰り返しでしたから。この無駄がなければ相当すごいことができたかもしれません。

でも、ま、いっか。

仮住まいの住み心地

仮住まいのこのWordPress。かなり最新式の設備が整っているようですが、操作の仕方が分からないのですよね。説明を読んでも専門用語ばかりでちんぷんかんぷん。私はいまだにガラケーを使っているようなアナログ人間です。基本的な知識が全くなく、HTMLが何かも分かりません。「モデレートしてください」と通知が届いてもまごまご。寄る年波で理解力が落ちているので、この新しい環境で暮らすのは無理かもしれません。高齢者でも簡単にできるブログ作成ツール、どこかにありませんかね?

今日は、多発性骨髄腫の患者会「オリゾン」設立の講演会と交流会に出かけました。私は福岡県のがん患者団体ネットワークの代表で、いわば、がん患者界の町内会長みたいなもの。ご近所の新築祝いに駆けつけたといったところでしょうか。

血液がんの患者さんと治療医たちは、治療経過が長いこともあって、親密な協働関係で病気治療に立ち向かいます。オリゾン設立会にも、複数の病院の血液腫瘍内科医師が6名と看護師1名、講演や相談会で協力してくれていました。会場は病院のホール。乳がんの場合もそうですが、医療者の協力体制が整っているがん種は、患者会活動も活発です。

 

 

波多江伸子、訳あって仮住まい

細々と10年に亘って書き続けてきたブログ「波多江伸子の部屋!」が、Web上から忽然と姿を消して2か月経ちました。

私がうっかり、レンタルサーバー会社の「家賃」を滞納しており、滞納に気づかないまま放置していたため、あちらの規定で削除されたとのこと。「何とかデータの復元はできませんか?お金は払います」とお願いしたのですが、「もうムリ!」と言われてしまいました。「ああ、無情」です。・・というわけで、もしや、私のブログをご愛読いただいていた皆さまが、突然の閉鎖に心配をしておられるのではないかと、とりあえず仮の(無料お試しの)ブログを開設しました。

皆さま、お元気ですか?私も家族も猫メロンも元気です。がん患者団体のボランティア活動も、西日本新聞のコラム連載も何とか続けています。寒さに向かいますので、風邪など召されないように。