干し柿を作る

久しぶりに穏やかな秋晴れの昼下がりです。散歩の途中、立ち寄った野菜屋で立派な渋柿を見つけました。連れ合いが「干し柿を作ろう」と言います。干し柿は美味しいのですが、何しろ甘過ぎて、みるみる血糖値が上昇します。でも、軒下にきれいに剥いた柿が吊るされた風景は大好き。連れ合いが制作責任者になってくれるというので、私は老猫メロンと一緒に、陽が西に傾く中、デッキで干し柿作りを見学しています。なかなか見事な仕上がり!

野菜屋さんによれば、吊るしたら3週間は手で触ってはいけないとのこと。雑菌がついて黒くなったりカビが生えたりするのだそうです。柔らかくするために途中で揉んだりするのは間違いなのだそうですよ。知らんかった。

ネットショップ で手に入る「呪いの藁人形セット」

ネットショップで何でも手に入る時代ですが、これは又、ビックリ商品。「藁人形セット」です。国産藁(!)で作った藁人形。呪いの五寸釘。それを打ち込むための小石。ケガをしないように軍手もついて、三千数百円。Amazonで販売されていました。原価に比べて、とんでもなく高いのに、買う人がいるのですかね。多分、若い女性が、ドロ沼の不倫関係に悩んでいる友人に、ジョークで贈ったりするものなのでしょう。

江戸時代に流行った恨み釘の儀式。丑三つ時に、女性がたった一人で白装束をまとい、頭には白鉢巻か、鼎を逆さに被り、櫛を口に咥えて神社の裏手に参るのだそうです。鬼気迫る出で立ちですよね。人に見られてはならず、話しかけられても返事をしてはならず、コッソリと闇に紛れてやって来て、御神木に藁人形を五寸釘で打ち付けるのだそうです。それを7夜。呪いの言葉を胸の裡で念じながら。姑に虐め抜かれている嫁とか、夫の別宅に赤ん坊がうまれた不妊の妻とか、怨みつらみを抱えながら、昼間は日常の顔をして生きている女たち。このまま死んだら、幽霊になるかもしれないというほどの深い怒りや妬みや悲しみの塊を抱えて八方塞がり。そこで、恨めしい相手を藁人形に見立て、病気やケガを負ってほしい部分に、五寸釘を打ち込むのだとか。京都の清水寺の隣の神社には、五寸釘の穴がたくさんある神木が祀られているとのことです。神木といえば老木です。痛ましい自然破壊はいけません。でも、江戸時代の身分差別や女性差別は、不満を口に出すと、家を追い出されたり、斬り捨てられたりする恐れがあります。夜陰に紛れて、相手の不幸を念じながら、コッソリ恨み釘を打ち付ける儀式。見ているのは神サマだけです。痛いのは御神木のみ。神仏ならば、許してくれるでしょう。その昔の、ウップン晴らしの卓越した方法だったと思います。

最近、私、朝起きると指が痛いのですが、誰か藁人形の先っぽに釘打ってない?

(上の写真は、ネットショップのものを借用しました)

梅漬けの土用干し

梅雨が明けました。あまりの強い陽射しに、外出もためらわれる今年の夏ですが、家で出来る仕事、土用干しを始めました。わが家は、柔らかい肉厚の完熟梅が好み。黄色く熟して「おてもやん」のようにほっぺがポッと紅くなった大きな南高梅を、大事に大事に下拵えをして、分量の塩にまぶします。重石をかけて、たっぷりと梅酢が上がった梅漬けを、三日三晩、天日と夜露に晒します。梅干し作りの仕上げです。

今年は、息子が梅のヘタ取りなどの下ごしらえを担当したので思い入れがあるらしく、日曜日の今朝、梅酢から梅を取り出して丁寧にザルに並べました。折悪しく、明日あたり台風8号が九州に接近するという予報です。雨風に当てると大変なことになります。気をつけなければ。

毎年、ラッキョウと梅干しは手づくりしています。梅干しは割合上手くいきますが、ラッキョウ漬けが、例年どーもイマイチなのですね。かりかりと歯触りは良いのですが、甘酢が酸っぱ過ぎたり、塩気がキツ過ぎたり。ならばいっそ、と、市販のラッキョウ酢を使ってみたらこれが何とも甘ったるい。漬物の塩梅は難しいものです。

ウッドデッキ完成

大工仕事が好きな連れ合い。4月の下旬から毎日ひとりで頑張って、6月初めに懸案のウッドデッキの改築工事を完成させました。10年くらい前に作ったデッキが雨風で腐食し、歩くと板がブワブワして踏み抜きそうで危なくなりました。昨年は変形性膝関節症で歩くのもままならない状態でしたが、ヒアルロン酸注射とリハビリのおかげで、作業が出来るまでに回復。暖かくなるのを待ってようやく工事に着手しました。板を全部剥がし、土台からやり変える本格的な改築です。

デッキの広さは12㎡。土地が傾斜しているので水平にするのが難しかったそうです。長さを計算して必要な材木を注文し、電動カンナで角を削って防水防腐の塗料を塗ります。うちの物置には、ノコギリ、ドライバーなど電動工具、多種多様な釘やネジ、ペンチや金槌がちょっとした工務店のように揃っています。私が手伝ったのは角を削る時の助手。息子は材木を運ぶ手伝い。それ以外は、76歳の連れ合いがひとりでやりました。天気が良い日は、8時間くらい働いていましたっけ。前立腺がんやシェーグレン症候群など難病も持っているのによく体力がありますね〜。学生時代、ボート部にいたので、腕っぷしが強いのでしょうか。(ボートは脚で漕ぐものだと連れ合いは言いますが)

小柄な私がシーツなどを干すときに使う安定の良い踏み台も作ってくれました。

頑張った甲斐あって、以下のような素敵なウッドデッキが完成しました。パラソルとテーブルを置いて、ランチやお茶をすると最高です。

よく見ると、塗料の色に濃淡があり(少し残った塗料があったので色が違っていたけれど勿体無いので使ったとか)、また、なぜかデッキの長さにも長短がありますが、特に問題はありません。プロに頼むと30万円くらいかかるところを10万円以下の材料費だけで済んだので、ほんとに助かりました。築55年の古家ですから、あちこちボロボロ。補修工事を連れ合いがやってくれるのは有難いことです。ヨド物置の隣の、椅子収納場所や塀も廃材で作り、剪定も草取りも掃除も、全部やってくれます。それも、喜んでやってくれる、というところが嬉しいですね。

皆さま、お近くにみえた時は、お茶をしにお立ち寄りください。蚊が多いので蚊取り線香燻しになりますけど。

カラスの子が庭に迷い込む

夕方、帰宅すると、庭にハシブトガラスの子供がいました。連れ合いがウッドデッキを補修しているのですが、その材木の上にうずくまって不安そうに空を見上げています。体長25センチほど。まだ尾羽がなく丸い体型です。最近、うちの庭によくカラスがやって来ます。子ガラスも自分で迷い込んだのか、親と一緒に飛んで来て、力尽きたのか分かりません。

連れ合いは「どうする?水が飲みたいのかもしれない」と心配そうです。私は、老猫メロンを動物病院に連れて行った時、待合室に貼り紙があったのを思い出しました。野鳥のヒナを見つけたら、触らないで、そのままに。と書いてありました。必ず親鳥が近くにいるのだそうです。人間が余計な手出しをすると親鳥が警戒して寄りつかず、助かるものも助からないかも、と連れ合いに言うと、保護する気まんまんだったので残念そうでしたが、そっと見守ることになりました。

親や仲間のカラスたちが、近くの屋根や電線の上に10羽近く集まって、ナントカちゃんがおっこっちゃった、あー、どうしたものか、とカァカァ大騒ぎをしています。子ガラスは庭から玄関へチョンチョンと歩いて移動し、閉まった門扉に体当たりして外へ出たがっています。

私は外に出て、上から見張っている大人のカラスたちに襲われないように、さりげなく、郵便受けを覗いたりしながら、門扉を全開して家に戻りました。二階から見ていると、子ガラスは門を出て車寄せに暫くうずくまっていましたが、頭上の親鳥の指示でしょうか、家の前の細い道をチョコチョコ歩いて行きました。数軒先のお宅の庭に、それはそれは大きな木があって、鳥が巣を掛けているのが見えます。カラスの巣かもしれません。でも、この子ガラスは、まだあんな高いところまで飛ぶことはできないでしょう。親鳥や近所のおばさんカラスたちは、落ちたヒナを草むらにでも隠して餌を運び、飛べるようになるまで地上で育てるのでしょうか。

翌日も、子ガラスが家の前の道を、頼りなげに歩いていました。見上げると大人カラスが数羽、電線の上から私を警戒しながら見下ろしています。もし、猫に襲われそうになったら、飛び降りて来て追い払うのでしょうが、交通事故に遭わないか気がかりです。でも、野鳥は自然に任せるしかありませんよね。頑張れ!カラスの親子。


「鬼平犯科帳」長谷川平蔵は片えくぼ

半年周期で鬱状態を繰り返す、厄介な気質の私。今年は1月から4月まで鬱期でした。このブログを読み直すと、昨年も、梅雨入りまで鬱期だったようです。最悪の気分を何とか持ち直そうと自助努力をする中で、池波正太郎の「鬼平犯科帳」シリーズに助けられました。

子供の頃から、月光仮面やスーパーマン、ウルトラマンなど、勧善懲悪のヒーローものが大好きでしたが、彼らは人間が変身したもので、ロボット風な正義の味方。生身の人間の、生き生きとした魅力はありません。江戸の火付け盗賊改め方長官、長谷川平蔵宣以(のぶため)の元ヤン的キャラは人間味あふれ、個性的で魅力的です。こんなに小説の主人公に夢中になったのは、中学時代の「赤毛のアン」、高校時代の「シャーロック・ホームズ」以来です。

映画やドラマと違って、小説の場合は、お気に入りの主人公の姿形は、読者それぞれが想像するしかありません。鬼平は、どんな見た目だったのでしょうか。テレビドラマでは鬼平役は2代目中村吉右衛門でした。年の頃は40代始め。剣術一刀流の名手で、名刀、粟田口国綱を携え、極悪人相手の立ち回りも鮮やかで、颯爽としてカッコいい。愛妻家で人情家で理想の上司です。

一体、どんな様子の良い男だったのでしょうか。作者の池波正太郎さん自身が編纂した鬼平辞典ともいうべき「鬼平犯科帳の世界」によると、中肉中背の穏やかな風貌、笑うと片えくぼが出来る可愛げのある見た目の中年男性のようです。でも、問答無用で犯人を切り捨て、鼻を削ぎ落とし、捉えた罪人に拷問も辞さない残酷なところもある厳しい役人でもありました。若い頃は盗みの手伝いもした無頼な鬼平の言葉は「悪を知らない者に悪を裁けるか?」というものでした。この人、実在の人物だということです。

 

不死身猫メロン、まもなく19歳

わが家の老猫メロン、この5月で19歳になります。人間で言えば92歳だとか。野良出身なので正確な誕生日は分かりません。19年前の7月、(果物の)メロンの産地でもある熊本県の植木インターで、車にはねられて死んだ母猫の横で震えていたとのこと。保護した人から頼まれて譲り受けました。その時、すでに「メロン」という名がつけられていました。

生後2ヵ月くらいの、毛虫みたいに貧相な毛並みの怯えた仔猫でした。成猫になっても美猫にはなりませんが、まあ、その賢いこと。トカゲやネズミ、鳩でさえ見事に捕獲して見せに来ます。アレルギーや副鼻腔炎を持っていて、何度も呼吸困難になり、目や鼻や耳から膿を出し、病院に連れて行くこと数十回。抗生剤やステロイド治療で助かりました。この数年も、半年置きにもうダメかというような膿だらけ、血だらけ、呼吸困難状態に陥り、その度に近所の山本動物病院で命を助けていただきました。でも、どんな名医にかかっても、猫自身の体力や生命力がなければ生き延びることはできません。わが家の猫は、不死身かと思うくらいの生命力を持っているようです。

そのメロンも最近は難聴になり、判断力が鈍り、夜、すごい声で家族を起こします。角がとれて(猫の性格の角って、なんなん?)、穏やかな甘えん坊になりました。病気持ちなのに、結構しぶとく、明るく?年を重ねている老猫メロン。同じく病気持ちの飼い主は、先行きの心配で鬱々としていますが、猫メロンは、飼い主みたいな余計な心配をせず、ゆったりと今を生きています。

(上の写真 )   持病があるのに、90歳とは思えない若々しさです。

(下の写真)   お天気が良い日は、テラスで日向ぼっこをたのしみます。

源平桃、今年も開花。

毎年、楽しみにしている源平桃の季節が今年もやって来ました。一本の木に、紅白の花が咲き競う様子を源平合戦になぞらえて命名されたのでしょうか。典雅な名前です。ここ10年ほど、わが庭のささやかな竹林の前で華やかに開花し、家族を喜ばせてくれます。小ぶりな桃の実に似た実をつけますが、食べられません。

この花が開くと、春になったと思います。花の季節はすぐに過ぎ去り、私も連れ合いも、猫も、確実に年老いて別れが近づいていると感じる、無常の景色でもあります。

 

 

 

 

 

いまさらですが、「鬼平犯科帳」が面白い。

時代小説が好き。それも、とびきり勧善懲悪の物語が好きです。池波正太郎の「剣客商売」は全巻読破しました。今、電子書籍で読んでいるのは「鬼平犯科帳」シリーズ。全24巻のうち11巻目を読み終えたところです。江戸中に名を知られた鬼の平蔵こと、長谷川平蔵は、放火や強盗など凶悪犯を取り締まる火付盗賊改方長官。自身も若き日、訳あって放蕩無頼の日々を過ごし、人の気持ちの裏も表も知り尽しています。凶悪な強盗達を無敵の立ち回りでバッタバッタとなぎ倒し、「火盗改メの長谷川平蔵であるぞ。神妙にお縄を頂戴しろ!」。朗々と呼ばわる決めゼリフ。「いよっ、待ってました」と私はスカッとして心の中で拍手喝さい。

電子書籍の鬼平犯科帳は1巻5~600円。24巻読了すれば1万数千円かかります。ブックオフで購入したほうが安上がりだと気づき、12巻からは310円で古本を購入することにしました。年金生活者は、本代にも気を遣います。

さて、池波正太郎の文章は雑味のない透明度の高いもので、センテンスが短く無駄がありません。簡潔な描写の中に、景色や時間がくっきりと浮かび上がってきます。先日、日暮れ時に福岡城(舞鶴城)跡の掘沿いの道を歩いていると、「鬼平犯科帳」の一節を思い出しました。

「西空の果てに、血のような夕焼の色がわずかに残っていたけれども、これが夜の闇に変わるのは間もなくのことだ。その暗くなった道を、旅の男は前田原をぬけて行くことになる」(第8巻)

福岡城堀沿いの柳並木の道は、江戸時代の残り香が漂っているようで、私は子供の頃から好きなのです。もう少し西に歩くと、睡蓮が川面に繁り、清らかな純白の花を咲かせる場所があります。以前、この堀の左手の城内に国立病院がありました。私が最初の甲状腺がんの手術を受けた病院でもあり、母の膵臓がんが見つかったところでもあります。母の担当医から病状の説明を聞くために、病院へ急いでいる時、堀を渡る橋の下一面に、白蓮が浄土の花のように美しく咲いていたのを思い出します。

 

 

発達障害(ADHD)と森田療法 市民公開セミナーの案内

2019年2月17日、14:00〜16:30、発達障害のセミナー開催! 子供から大人まで、ADHDがご心配な方はどうぞ!参加費は無料。九大教授、准教授〜すっごい専門家のお話と、当事者はスミマセン、不肖、波多江です。会場は、福岡市健康づくりサポートセンターあいれふ講堂。申し込み不要。先着100名さま。主催者、九大医学部大学院内、九州森田療法研究会。と、患者会の「生活の発見会」。詳細は以下のチラシをご覧ください。

0117チラシ最終

 

ひょっとして、自分も「発達障害」?と気になる人、すごく多いのではないですかね。家族や友達、職場の同僚のそれっぽい人は、もっとずっとたくさんいるはずですよね。

空気が読めない、約束を守れない、凡ミスを繰り返す、片付けられない、いきなり突拍子も無いことを言う、落とす、失くす、忘れる、取り掛かりが遅い…一緒に仕事をすると困る相手です。私(波多江伸子)も発達障害の仲間、ADHD(注意欠如多動症)らしくて、若い頃はずいぶん悩みました。

発達障害って1つの病名、障害名ではありません。ADHDや、よく知られたアスペルガー症候群、自閉症など何となく大部分の人と手触りの違う、どことなく似た雰囲気の変わった子供や大人を、「定型発達」と引き比べて「発達障害」と呼ぶらしいです。障害というより非定型発達と呼んだ方が良さそうですが。認知症にしても発達障害にしても、そんなに神経質になって悩んだり薬で治したりしなくちゃならないことでしょうか。100年前に考案された日本独自の精神療法、森田療法が神経質の時代である現代に役に立つかもしれません。

そんな話を、3人でするつもりです。