なまけるな イロハニホヘト  散桜 

江戸後期の俳人、小林一茶の句です。

毎日のように散歩するいつもの公園の桜の枝に、数日前、ちらほらと白い花びらがついていました。連れ合いの調子が良くなくて、数日散歩を休み、今日、買い物のついでにひとりで公園まで足を延ばしたら、あれま、7分咲きになっています。桜の季節は夢まぼろしのように過ぎていきます。人生もうかうかとしていると、あっという間に盛りは過ぎ、一夜の雨風で散り果てます。若者よ、なまけるな。イロハニホヘト散桜ですぞ。少年老い易く、学成り難し・・なんて言うと、学生は「ハ?」と顔を見合わせることでしょう。さて、来週から新学期が始まります。我ながら、50歳も年の離れた学生をよく教えているものだと思います。

一茶の句は、言葉遊びに紛れて人生の無常を感じさせる、面白哀しい俳句ですね。この人には、右翼の街宣車のような句もあるのです。「桜さく 大日本ぞ 大日本」。松岡正剛さんの<千夜千冊>というブログで教わりました。

柳川さげもんと吉田博展

香川うどんお勧めの、久留米市立美術館(ブリジストン美術館)での吉田博展。3月20日までだったのですが、17日に見てきました。「今日こそ行こう」と思いながら、なぜか仕切り直しをすること数回。かろうじて閉幕までに間に合いました。大牟田線に乗って久留米で降りず、通りすぎて柳川まで行って、うなぎを食べて「さげもん」(つるし雛)を見て帰った日もありました。出かける用意をしていたら、急な用事が入り、別の場所に行った日も・・。

久留米市出身の画家の里帰り展ということもあって、すごい人気。特に、朝日 と夕日を受けた帆掛け舟の連作、日本アルプス剱山の朝などの版画の前は、黒山の人だかりでした。吉田博は明治・大正・昭和初期に活躍した画家です。昭和25年に亡くなりましたが、戦前は、海外で良く知られた画家だったらしく、嘘かまことか、終戦直後、日本に降り立ったマッカーサーが「吉田博はどこだ?」と訊ねたとか。戦後数年間、吉田博邸は占領軍の軍人や夫人たちの文化サロンのような趣を呈したそうです。

博は23歳の時、片道切符で渡米し、デトロイト美術館でデビューして成功を収めています。水彩の日本的な風景画は驚くほどよく売れたそうです。以来、度々、数年がかりの海外旅行をしています。アメリカやヨーロッパ、エジプトなど、世界中の有名な観光地の絵を描いています。万国共通のセンスの良さ、分かりやすさのある絵なので、行く先々で売れたようです。大正・昭和ひとけたの時代の船旅ですから、時間もお金もかかる命がけの旅だったと思います。吉田博は旅行家・登山家としても優秀な人でした。明るい透明感のある水彩画や、何十回も刷って仕上げるという木版画などは、実に現代的で洗練された画風です。画家としての技術的なレベルは大変に高いのですが、どちらかというと思想性のない(めんどくさくない)、軽い絵葉書風。また、当時の外国人受けを狙った芸者・フジヤマ的モチーフの作品が多いこともあって、どこかしら商業主義的な感じもする絵画です。当時の画壇の中心だった帝展の大御所、黒田清輝を批判していたとのことですが、吉田博自身も帝展の審査員にまで「出世」しています。展示作品に添えられた学芸員の解説文を読む限り、今回の展覧会の主催者側は、ぞっこん博に惚れこんでいる感じ。また、展覧会の来場者も、ほとんど「いいね!」「素晴らしいね!」と言い合っていました。私も、軽くて洗練されたものが好きなので、この人の作品は好きですが、同行した連れ合いは(思想性を重んじるタイプの人)、同じ久留米出身の画家でも、坂本繁二郎や高島野十郎の方を評価する様子でした。ま、好みですね。

西鉄柳川駅のさげもん。柳川の女性たちの手仕事だそうです。土産物店では立派なセットが、7万~15万円で販売されていました。普通の雛飾りより、私はこれが好きなんですが、とても手が出ない高値の花。

 

 

歩きスマホはやめましょう

2月は記事を更新しないまま、早くも弥生3月になりました。早春。まだ空気は冷たいのだけれど、陽射しは明るく、いつもの散歩道には春の気配が漂っています。2月末を以て、西日本新聞の半年間の連載が終了し、ホッとしているところです。週1回の連載は、なかなか大変でした。2月はわが家に「事件」がいろいろありましたが、無事に3月を迎えることができてありがたいことです。

いろいろあったことのひとつは、夜の公園で歩きスマホをしていて、車止めにぶつかり転倒したこと。膝と胸をしたたか打って、2週間くらいあばら骨が痛くて寝るのも不自由でした。夫婦で、夕食後、公園まで散歩に出かけることが多いのですが、公園でポケモンGOのボールを取りながら歩いている最中の椿事でした。そもそも、暗闇ではまっすぐ歩くことが難しいニワトリのような私が、スマホを見ながら夜道を歩くのは大変危険な行動なのです。私自身はスマホは持っておらず、夫のスマホを借りて(奪い取って?)のポケモンGO。昨年から、この子どもっぽいゲームにはまっておりました。ハイ、この歳で。

「わーい、ハイパーボールが取れた!」とスマホ画面に夢中になりながら歩いていると、突然、脚が何かにぶつかり、上半身が泳いでしまいました。障害物はコンクリートでがっちり太く、高さも相当あって、先に進むことも戻ることもできません。身体のバランスが崩れて、バタッと倒れる以外、選択肢はありませんでした。先を歩いていた夫が異様な音に振り返ると、私が「五体投地をしていた」そうです。

「五体投地」とは、チベット仏教の拝礼作法のひとつです。全身を地に投げ伏して仏を崇めるという、最も強い信仰の表現。本当に、全身で、バタッと前に倒れるのは相当激しい衝撃と痛みを感じます。そういう姿勢を取り続けながら、チベット仏教の信者はボロボロになって巡礼の旅を続けていたのだとか。最近は、五体投地用のマット持参で拝礼するみたいです。

巡礼でもないのに、私は歩きながら、時々、何かにつまづいてバタッと全身で転ぶので、夫が「五体投地」というのです。2月は忙しい中のハプニング。肋骨の痛みをサポーターで抑えつつ駆けずり回りました。アメリカのトランプ大統領暴走政策や、金正男氏暗殺事件など世界のビッグニュースに比べれば「ふふふ」のレベルの事件ですが、わが家の大きな反省材料になりました。もう、歩きながらスマホや携帯を見なくなりました。地下鉄の駅や歩道の脇にも書いてありますよね。「歩きスマホはやめましょう!」。賢明な読者の皆さまには不要な注意ですよね?

西日本新聞創刊140周年

西日本新聞が創刊されて、今年で140年になるそうです。ずっと「にしにほん新聞」だと思っていましたが、正しくは「にしにっぽん新聞」。そうですよね、私らの国も、「にほん」ではなく「にっぽん」と発音しますからね。西日本新聞の最初の報道は、「西南戦争」の戦況を伝えるものだったとか。長く医療面でコラムを書かせていただいているからでしょうか、記念祝賀パーティにお招きをいただきました。参加者800名、大規模なパーティでした。福岡出身のノーベル賞受賞者、大隅良典東工大名誉教授の新聞社社長によるインタビュー映像、姜尚中氏のビデオメッセージなど、斜陽と言われる厳しい新聞業界へのエールが興味深かったです。びっくりしたのは、80年来の新聞読者という94歳の大分県日田市の商工会の方の挨拶。自在なお話ぶりを伺う限り70歳にしか思えません。スクリーンに映るお顔もつやつや生き生き。最近は、若いイケメンには全く関心がなく、元気はつらつと年を重ねている男性に関心があります。どうしたら94歳まで、こうしていられるのかしらと、根掘り葉掘り取材したい気持ちになるのです。

ソフトバンクの王さんによる乾杯の音頭の後、料理が振る舞われたのですが、来場の方はほとんど福岡を中心に九州の経済界の男性ばかりです。ちらほらと写真でしか見たことのない文化人やスポーツ関係者も混じり、私は知り合いもない会場で、壁際に並ぶ九州のおいしいものを探して、広い会場をお皿を持って歩きまわりました。佐賀牛のローストビーフ、中華の名店のあんかけそば、すごくおいしいコンソメスープ。高価なすし店の握りずし。浅ましく口も利かずに食べていましたから、きっと血糖値がはね上がったことでしょう。会社のえらいさんや議員さんたちは名刺交換に忙しく、長老の方々は料理の前に素早く並ぶこともなく、静かに椅子に座って新聞社の若い人が料理を運ぶのを待っておられます。私は、おなかがいっぱいになると、創刊記念特別紙に読みふけりました。小倉時代の森鴎外の寄稿文など、面白い記事がありました。がん患者の話を聴くボランティア活動か、台所で夕飯の支度をしているか、教室で学生相手にしゃべっているだけの毎日なので、ときにはこんなパーティに紛れ込むのも楽しいです。ご招待いただければ、ですが。

 

 

夜更かしは止められない

今年の目標は「夜は早く寝る」=「夜更かしをやめる」でした。が、やっぱり夜更かしは止められません。夜中の方が仕事がはかどります。幾晩か12時前に寝たのですが、目が覚めたのは午前10時過ぎ。3時に寝ても10時起きです。残りの人生が長くないのに、一日が短くなるのは勿体ない。この季節、試験問題作成や学会発表・講演会の準備で忙しいですからね。毎週の連載原稿、がん患者ボランティア活動。凍てつく午前1時。加湿機がカタカタと鳴る古い電気ストーブを机の横に置き、パソコンに向かって鋭意、資料作成中。選んだBGMは、アンドレア・ボチェッリの「ローマよ、今夜はふざけないで」。1961年にローマで初演されたミュージカル「ルガンデーノ」のナンバーだそうです。猫メロンが、眠り箱の中でいびきをかいています。

なかなか、良い夜です。

皆さまお揃いの新春!

ついに、てふてふさんが新しいブログを見つけてくださり、これにて「波多江伸子の部屋!」、ご常連さまお揃いのめでたい迎春と相成りました。本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

酉(鳥)は、飛びながら眠れるそうですが、人間はやはり、暖かな夜具にくるまって、ゆったりと安眠したいものです。今年の私の抱負は「夜は早く寝ること」。小学生並みですが・・。昨年までは(といっても、1週間前までは)、毎晩、2時か3時まで起きていました。いくらなんでも遅すぎ。睡眠不足は糖尿病患者には良くないとのことです。午前1時までには布団に入るという、かなり難しい年頭の誓いを立てたのですが、さて、どうなりますか?若い頃からずっと夜型の生活でしたから。

私の実家は、みーんな深夜族でした。受験勉強をしていた高校生の頃、夜中にお腹が空いて、こっそり台所に行ってみると、なぜか兄たちや母も先に来ていて、皆でラーメンを作ったりミルクを温めたりしているような家でした。夫も息子も宵っ張りで、わが家は深夜3時にお茶をしながら家族団らんしています。夜行性のはずの猫メロンだけが、早々に布団(眠り箱)に入ります。好物は、猫用の魚のポタージュ。最近は、よその猫がベランダから覗いても、気がつかないふりをするのです。あの、勇敢で賢くて、敏捷だったメス猫メロンはどこへ行った?飼い主の膝の上でゴロゴロ喉を鳴らしているだけの、お婆さん猫になりました。

 

座りすぎて、ぎっくり腰

 久々に仕事部屋を片づけようとして不要な書類の束を床から持ち上げた途端、腰にビリッと電流が走りました。「やってしまった!」と後悔しても時遅し。昨日は寝たきり、今日は起き上がったものの、腰を延ばすことができず、家の中を杖をついて歩いています。日がな一日パソコンの前に座っているのが原因かもしれません。ネットで手当て方法を調べると、患部を冷やして安静、というのが王道のようです。ビリッと来た後、ストレッチ運動をしてお風呂に入ったのは、完全に誤った初期対応でしたね。

 それにしても、波多江伸子の部屋!いったいどうなっているのでしょう。次々と変な風に内装が変わっていますね。最初はプレハブ住宅風、次はまるでプロのサイトのような写真とレイアウト、そしてまた今度は、アメリカの子供向けの壁紙みたいな作りですよね。

 う~ん、要するに、WordPressの操作方法が分からないまま、無免許運転風に、あれこれクリックしまくっています。画像を入れよう、リンクを貼ろう、と、努力すればするほどおかしなことになるのです。長時間パソコンの前に座っているのに一向に成果は上がらず。とうとう、ぎっくり腰を誘発しました。サーバーを変えるか、「超初心者向けWordPressの使い方」という本を買って勉強します。

 

 

 

 

 

 

森田療法セミナー、満席になりました!

前回のブログでご案内した「森田療法セミナー・不安のままに生きる」。西日本新聞の私のコラムにも案内を書かせてもらったところ、数日の間に160件のお申し込みをいただきました。定員70名を倍以上オーバーしてしまい、主催の自助グループ「生活の発見会」や九州大学の森田療法セミナー事務局が、急遽、会場を160名用の部屋に借り直してくれました。

驚きました。う~ん、なんでこんなに反響があったのでしょうかね?「不安のままに生きる」というタイトルに、日々不安を抱えている方々が「え、不安のままに生きるって、どういうこと?」と思われたのか、私のメンタルヘルスの主治医黒木俊秀九州大学教授とのコラボに関心を持たれたのか、はたまた、古くて新しい精神療法「森田療法」を知りたい方が多いのか・・分からんですね。なにせ、案内を出した途端に満席というのは初めてのことなので。

というわけで、来年になって予定がはっきりしたら申し込もうと思っておられたブログ読者の皆さまには、ごめんなさ~い。

 

 

「不安のままに生きる」森田療法セミナー

東京慈恵会医科大学の初代精神科教授・森田正馬が1919年に始めた森田療法。神経症患者のために考案された精神心理療法です。当時、世界的に評判になっていたのがフロイトの精神分析ですが、心の奥底の無意識の部分の分析とは対極をなす治療法。神経症患者のこまごまとしたしつこい訴えは打てあわず「不問に付して」、「とにかく入院して1週間、何もせずにひとりきりで部屋からも出ずにじ~っと絶対安静状態で寝ておきなさい」という奇妙な治療法です。絶対臥辱の1週間の後に、2か月ほどかけて、少しずつ社会復帰の活動を増やしていくものです。若い頃から心気症(病気ノイローゼ)だった私は、森田正馬の本を愛読していました。年に1~2度、うつ状態を伴った心気症状が起こるのを、何とかやり過ごしながらこの歳まで生きてきました。

ここ10年ぐらいは、よほど不安のひどいときは、迷わず精神科のドアを叩くようになり、薬も使いながらいろいろと病気のことや自分の生き方について精神科医師と話すようになりました。そんな私の、メンタルヘルスの主治医、黒木俊秀医師とふたりでこもごも語り合う森田療法のこと。現在、森田療法は職場や学校でも応用されており、国際的にも東洋的でユニークな精神療法として評価されています。外来でも可能です。心気症やパニック障害、対人恐怖など、生きづらい人生を生きている方へ贈る、「不安のままに生きる」というタイトルの、患者と主治医のコラボです。多分面白いと思います。ぜひどうぞ。

日時 2017年1月29日(日) 午後2時~4時半  * 満員につき終了しました!

会場 九州大学医学部百年講堂  資料代 500円 定員70名

講師 黒木俊秀(九州大学大学院教授。精神科医師・臨床心理士)

波多江伸子(作家・がん患者団体代表)

お申し込みはFAXかメールでお願いします。住所・氏名・年齢・所属 を記入の上、九州大学大学院医学研究院精神病態医学分野内 九州森田療法セミナー事務局まで。E-mail :kokoroseminar20@gmail.com    FAX 092-642-5644 締め切りはありませんが、できるだけお早目に申し込んでくださいね。すぐにいっぱいになりそうな小規模の会です。

「不安のままに生きる」講演会チラシ

 

いわしのショウガ煮

師走のデパートの食品売り場には、昆布や黒豆、ユリ根など正月用の食材が出回っています。おせち重の見本を横目で眺めながら、鮮魚売り場で、新鮮な小いわしを2盛買いました。デパ地下の魚屋さんは、すごくサービスが良くて、小いわし20数匹の頭を落として、きれいにお腹まで出してくれるのですよ。わずか500円なのに。酢を入れた湯でざっと下茹でして、圧力なべで甘辛く煮ました。刻みしょうがたっぷりと手作りウメ干しも2個ばかり入れて。脂が乗っており、骨ごと食べられて結構なお味でした。塩分控えめ。キラキラした新米によく合いました。3匹づつ食べて、あとは保存容器に。

井深ネギと鶏肉と里芋の味噌鍋も、柚子胡椒を薬味にするとなかなかの風味。昨日、連れ合いが作ったアジのコブ締め。冷蔵庫で良い具合に締まっていたので細切りにして、大根おろしで合えました。たんぱく質過剰な夕食でしたが、食後は、デパ地下で買った上等なほうじ茶でさっぱりしました。熱いほうじ茶の香り、大好きです。

今年は、とても忙しくて、バタバタ働いて過ごしました。でも、本当に忙しかったのか、仕事が遅くて捗らなかったのかは不明。とにかく、いつも、深夜まで何かの準備に追われていたような気がします。

この度の、ブログ消滅事件からもお分かりと思いますが、私の人生は無駄の連続です。忘れる・落とす・失くす・間違える → 取りに帰る・謝る・問い合わせる・再度買い直すetc. の繰り返しでしたから。この無駄がなければ相当すごいことができたかもしれません。

でも、ま、いっか。