四国のお土産 草の葉で作ったバッタ

四国旅行から持ち帰ったお土産。草で作ったバッタです。トノサマバッタかイナゴのような堂々とした姿で、実にリアル。今にも跳びはねそうではありませんか。伝統的な草遊びが残っている大洲(おおず)の町の、無人のお店で見つけました。市内を流れる肱川はゆったりとして清々しい景色です。

 

      

瀬戸の渦潮

山口県の柳井港から、フェリーに乗って四国へ渡りました。愛媛県松山市の三津浜港まで2時間半の航行です。瀬戸内海は穏やかで海面は湖のように滑らかです。連れ合いの運転で松山市を中心に、近郊の古い町~内子や大洲を巡る2泊3日の旅。私は、香川県の高松市や徳島県を訪れたことはありますが、愛媛県は初めてです。船のデッキからは大小さまざまな島が見えます。可愛らしく胸ときめく景色です。

その静かな海面のとろどころに潮が渦巻いている部分があり、「これが渦潮というものか~」と感動して見入ってしまいました。私の旧姓は「村上」と言います。父方の祖父は因島の出身で、村上水軍の血脈が入っていると聞いたことがあります。瀬戸内の景色に心躍るのは、ご先祖さまから受け継いだDNAのせいかも。

松山市も、近郊の内子や大洲という江戸時代から続く古い町並みも、そこに住む人たちも、旅人に優しく親切です。大洲の町で道を尋ねると、土地の方が「散歩のついでですから」と、プロの観光ガイド以上の詳しさで、あちこちを案内してくださいました。古くからお遍路さんをもてなしてきたお国柄だからかもしれません。

 

 

 

 

 

 

モノ捨てる愉しみ

皆さま、いかがお過ごしですか?福岡はこのところ晴天続きです。新緑と明るい陽射しに誘われて、この連休、珍しく洗濯や片づけものに精を出しています。昨日は、自分の部屋の古い書類や雑誌、古着、押し入れの中の黄ばんだ布団カバーなど、リサイクルにも出せないような品々を、福岡市の一番大きな45ℓの袋に詰め込んで、ゴミ出し日に家の前に7個、ずらりと並べました。この爽快感はモノ捨てる愉しみです。

溜まりに溜まったものを捨てるときは、深く考えず、右から左にゴミ袋に入れるのがコツ、なんて言われますが、古いアルバムやノートなどは、やはり中身をしっかりチェックしなければ捨てられません。

本だなの下から「おかしなエピソード」というタイトルの古いノートが出てきました。30年以上も前の、ちょっとした笑える話を収録したノートです。当時、主婦業の傍ら、週に一度、或る大学で哲学の非常勤講師をしていたのですが、そこの学生の爆笑レポート。あまりにでき過ぎているので、本当に学生が書いたものなのか、もしかして私の創作なのか分かりませんけど。

『哲学の時間に、波多江伸子先生から<悔いのない人生を生きるとは?>という課題が出されました。家で夕食を済ませた後、テレビの漫才を見ながら笑っている父に訊ねました。「悔いのない人生って何だろうか?」父は驚いて、「は?何てや」と振り向きます。「良く生きるって何だろう」とボク。「どうしたお前。何か心配ごとでもあるとか?」と父。「オヤジ、死についてどう思う?」とさらに問いかけると、父は急に立ち上がり、「おーい、かあちゃーん。こいつ、ちょっと具合が悪いとやなかね。どうもおかしか」とオフクロを呼びに行きました。オフクロはエプロンで手を拭きながら台所から走って来て、「どげんしたとね?」と、ボクの額に冷たい手で触ります。「母ちゃんは、いつ死んでも悔いのない人生を送っとる?」と訊くと、「小遣いは十分やっとるし、弁当のおかずもちゃんとしたものを入れとるとに、おかしかね。どうしたんやろ」とオヤジと顔を見合わせ、ふたりして「ほんなこつ、おかしか・・」と心配していました。先生、こんなレポートですみません。ボクおよびボクの家族は、哲学的課題には向いていないようです』

こちらは、<モノ捨てる愉しみ>というよりも、捨てようとして片づけていると、思いがけず面白いものを発見する愉しみでしょうかね。

なまけるな イロハニホヘト  散桜 

江戸後期の俳人、小林一茶の句です。

毎日のように散歩するいつもの公園の桜の枝に、数日前、ちらほらと白い花びらがついていました。連れ合いの調子が良くなくて、数日散歩を休み、今日、買い物のついでにひとりで公園まで足を延ばしたら、あれま、7分咲きになっています。桜の季節は夢まぼろしのように過ぎていきます。人生もうかうかとしていると、あっという間に盛りは過ぎ、一夜の雨風で散り果てます。若者よ、なまけるな。イロハニホヘト散桜ですぞ。少年老い易く、学成り難し・・なんて言うと、学生は「ハ?」と顔を見合わせることでしょう。さて、来週から新学期が始まります。我ながら、50歳も年の離れた学生をよく教えているものだと思います。

一茶の句は、言葉遊びに紛れて人生の無常を感じさせる、面白哀しい俳句ですね。この人には、右翼の街宣車のような句もあるのです。「桜さく 大日本ぞ 大日本」。松岡正剛さんの<千夜千冊>というブログで教わりました。

柳川さげもんと吉田博展

香川うどんお勧めの、久留米市立美術館(ブリジストン美術館)での吉田博展。3月20日までだったのですが、17日に見てきました。「今日こそ行こう」と思いながら、なぜか仕切り直しをすること数回。かろうじて閉幕までに間に合いました。大牟田線に乗って久留米で降りず、通りすぎて柳川まで行って、うなぎを食べて「さげもん」(つるし雛)を見て帰った日もありました。出かける用意をしていたら、急な用事が入り、別の場所に行った日も・・。

久留米市出身の画家の里帰り展ということもあって、すごい人気。特に、朝日 と夕日を受けた帆掛け舟の連作、日本アルプス剱山の朝などの版画の前は、黒山の人だかりでした。吉田博は明治・大正・昭和初期に活躍した画家です。昭和25年に亡くなりましたが、戦前は、海外で良く知られた画家だったらしく、嘘かまことか、終戦直後、日本に降り立ったマッカーサーが「吉田博はどこだ?」と訊ねたとか。戦後数年間、吉田博邸は占領軍の軍人や夫人たちの文化サロンのような趣を呈したそうです。

博は23歳の時、片道切符で渡米し、デトロイト美術館でデビューして成功を収めています。水彩の日本的な風景画は驚くほどよく売れたそうです。以来、度々、数年がかりの海外旅行をしています。アメリカやヨーロッパ、エジプトなど、世界中の有名な観光地の絵を描いています。万国共通のセンスの良さ、分かりやすさのある絵なので、行く先々で売れたようです。大正・昭和ひとけたの時代の船旅ですから、時間もお金もかかる命がけの旅だったと思います。吉田博は旅行家・登山家としても優秀な人でした。明るい透明感のある水彩画や、何十回も刷って仕上げるという木版画などは、実に現代的で洗練された画風です。画家としての技術的なレベルは大変に高いのですが、どちらかというと思想性のない(めんどくさくない)、軽い絵葉書風。また、当時の外国人受けを狙った芸者・フジヤマ的モチーフの作品が多いこともあって、どこかしら商業主義的な感じもする絵画です。当時の画壇の中心だった帝展の大御所、黒田清輝を批判していたとのことですが、吉田博自身も帝展の審査員にまで「出世」しています。展示作品に添えられた学芸員の解説文を読む限り、今回の展覧会の主催者側は、ぞっこん博に惚れこんでいる感じ。また、展覧会の来場者も、ほとんど「いいね!」「素晴らしいね!」と言い合っていました。私も、軽くて洗練されたものが好きなので、この人の作品は好きですが、同行した連れ合いは(思想性を重んじるタイプの人)、同じ久留米出身の画家でも、坂本繁二郎や高島野十郎の方を評価する様子でした。ま、好みですね。

西鉄柳川駅のさげもん。柳川の女性たちの手仕事だそうです。土産物店では立派なセットが、7万~15万円で販売されていました。普通の雛飾りより、私はこれが好きなんですが、とても手が出ない高値の花。

 

 

歩きスマホはやめましょう

2月は記事を更新しないまま、早くも弥生3月になりました。早春。まだ空気は冷たいのだけれど、陽射しは明るく、いつもの散歩道には春の気配が漂っています。2月末を以て、西日本新聞の半年間の連載が終了し、ホッとしているところです。週1回の連載は、なかなか大変でした。2月はわが家に「事件」がいろいろありましたが、無事に3月を迎えることができてありがたいことです。

いろいろあったことのひとつは、夜の公園で歩きスマホをしていて、車止めにぶつかり転倒したこと。膝と胸をしたたか打って、2週間くらいあばら骨が痛くて寝るのも不自由でした。夫婦で、夕食後、公園まで散歩に出かけることが多いのですが、公園でポケモンGOのボールを取りながら歩いている最中の椿事でした。そもそも、暗闇ではまっすぐ歩くことが難しいニワトリのような私が、スマホを見ながら夜道を歩くのは大変危険な行動なのです。私自身はスマホは持っておらず、夫のスマホを借りて(奪い取って?)のポケモンGO。昨年から、この子どもっぽいゲームにはまっておりました。ハイ、この歳で。

「わーい、ハイパーボールが取れた!」とスマホ画面に夢中になりながら歩いていると、突然、脚が何かにぶつかり、上半身が泳いでしまいました。障害物はコンクリートでがっちり太く、高さも相当あって、先に進むことも戻ることもできません。身体のバランスが崩れて、バタッと倒れる以外、選択肢はありませんでした。先を歩いていた夫が異様な音に振り返ると、私が「五体投地をしていた」そうです。

「五体投地」とは、チベット仏教の拝礼作法のひとつです。全身を地に投げ伏して仏を崇めるという、最も強い信仰の表現。本当に、全身で、バタッと前に倒れるのは相当激しい衝撃と痛みを感じます。そういう姿勢を取り続けながら、チベット仏教の信者はボロボロになって巡礼の旅を続けていたのだとか。最近は、五体投地用のマット持参で拝礼するみたいです。

巡礼でもないのに、私は歩きながら、時々、何かにつまづいてバタッと全身で転ぶので、夫が「五体投地」というのです。2月は忙しい中のハプニング。肋骨の痛みをサポーターで抑えつつ駆けずり回りました。アメリカのトランプ大統領暴走政策や、金正男氏暗殺事件など世界のビッグニュースに比べれば「ふふふ」のレベルの事件ですが、わが家の大きな反省材料になりました。もう、歩きながらスマホや携帯を見なくなりました。地下鉄の駅や歩道の脇にも書いてありますよね。「歩きスマホはやめましょう!」。賢明な読者の皆さまには不要な注意ですよね?

西日本新聞創刊140周年

西日本新聞が創刊されて、今年で140年になるそうです。ずっと「にしにほん新聞」だと思っていましたが、正しくは「にしにっぽん新聞」。そうですよね、私らの国も、「にほん」ではなく「にっぽん」と発音しますからね。西日本新聞の最初の報道は、「西南戦争」の戦況を伝えるものだったとか。長く医療面でコラムを書かせていただいているからでしょうか、記念祝賀パーティにお招きをいただきました。参加者800名、大規模なパーティでした。福岡出身のノーベル賞受賞者、大隅良典東工大名誉教授の新聞社社長によるインタビュー映像、姜尚中氏のビデオメッセージなど、斜陽と言われる厳しい新聞業界へのエールが興味深かったです。びっくりしたのは、80年来の新聞読者という94歳の大分県日田市の商工会の方の挨拶。自在なお話ぶりを伺う限り70歳にしか思えません。スクリーンに映るお顔もつやつや生き生き。最近は、若いイケメンには全く関心がなく、元気はつらつと年を重ねている男性に関心があります。どうしたら94歳まで、こうしていられるのかしらと、根掘り葉掘り取材したい気持ちになるのです。

ソフトバンクの王さんによる乾杯の音頭の後、料理が振る舞われたのですが、来場の方はほとんど福岡を中心に九州の経済界の男性ばかりです。ちらほらと写真でしか見たことのない文化人やスポーツ関係者も混じり、私は知り合いもない会場で、壁際に並ぶ九州のおいしいものを探して、広い会場をお皿を持って歩きまわりました。佐賀牛のローストビーフ、中華の名店のあんかけそば、すごくおいしいコンソメスープ。高価なすし店の握りずし。浅ましく口も利かずに食べていましたから、きっと血糖値がはね上がったことでしょう。会社のえらいさんや議員さんたちは名刺交換に忙しく、長老の方々は料理の前に素早く並ぶこともなく、静かに椅子に座って新聞社の若い人が料理を運ぶのを待っておられます。私は、おなかがいっぱいになると、創刊記念特別紙に読みふけりました。小倉時代の森鴎外の寄稿文など、面白い記事がありました。がん患者の話を聴くボランティア活動か、台所で夕飯の支度をしているか、教室で学生相手にしゃべっているだけの毎日なので、ときにはこんなパーティに紛れ込むのも楽しいです。ご招待いただければ、ですが。

 

 

夜更かしは止められない

今年の目標は「夜は早く寝る」=「夜更かしをやめる」でした。が、やっぱり夜更かしは止められません。夜中の方が仕事がはかどります。幾晩か12時前に寝たのですが、目が覚めたのは午前10時過ぎ。3時に寝ても10時起きです。残りの人生が長くないのに、一日が短くなるのは勿体ない。この季節、試験問題作成や学会発表・講演会の準備で忙しいですからね。毎週の連載原稿、がん患者ボランティア活動。凍てつく午前1時。加湿機がカタカタと鳴る古い電気ストーブを机の横に置き、パソコンに向かって鋭意、資料作成中。選んだBGMは、アンドレア・ボチェッリの「ローマよ、今夜はふざけないで」。1961年にローマで初演されたミュージカル「ルガンデーノ」のナンバーだそうです。猫メロンが、眠り箱の中でいびきをかいています。

なかなか、良い夜です。

皆さまお揃いの新春!

ついに、てふてふさんが新しいブログを見つけてくださり、これにて「波多江伸子の部屋!」、ご常連さまお揃いのめでたい迎春と相成りました。本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

酉(鳥)は、飛びながら眠れるそうですが、人間はやはり、暖かな夜具にくるまって、ゆったりと安眠したいものです。今年の私の抱負は「夜は早く寝ること」。小学生並みですが・・。昨年までは(といっても、1週間前までは)、毎晩、2時か3時まで起きていました。いくらなんでも遅すぎ。睡眠不足は糖尿病患者には良くないとのことです。午前1時までには布団に入るという、かなり難しい年頭の誓いを立てたのですが、さて、どうなりますか?若い頃からずっと夜型の生活でしたから。

私の実家は、みーんな深夜族でした。受験勉強をしていた高校生の頃、夜中にお腹が空いて、こっそり台所に行ってみると、なぜか兄たちや母も先に来ていて、皆でラーメンを作ったりミルクを温めたりしているような家でした。夫も息子も宵っ張りで、わが家は深夜3時にお茶をしながら家族団らんしています。夜行性のはずの猫メロンだけが、早々に布団(眠り箱)に入ります。好物は、猫用の魚のポタージュ。最近は、よその猫がベランダから覗いても、気がつかないふりをするのです。あの、勇敢で賢くて、敏捷だったメス猫メロンはどこへ行った?飼い主の膝の上でゴロゴロ喉を鳴らしているだけの、お婆さん猫になりました。

 

座りすぎて、ぎっくり腰

 久々に仕事部屋を片づけようとして不要な書類の束を床から持ち上げた途端、腰にビリッと電流が走りました。「やってしまった!」と後悔しても時遅し。昨日は寝たきり、今日は起き上がったものの、腰を延ばすことができず、家の中を杖をついて歩いています。日がな一日パソコンの前に座っているのが原因かもしれません。ネットで手当て方法を調べると、患部を冷やして安静、というのが王道のようです。ビリッと来た後、ストレッチ運動をしてお風呂に入ったのは、完全に誤った初期対応でしたね。

 それにしても、波多江伸子の部屋!いったいどうなっているのでしょう。次々と変な風に内装が変わっていますね。最初はプレハブ住宅風、次はまるでプロのサイトのような写真とレイアウト、そしてまた今度は、アメリカの子供向けの壁紙みたいな作りですよね。

 う~ん、要するに、WordPressの操作方法が分からないまま、無免許運転風に、あれこれクリックしまくっています。画像を入れよう、リンクを貼ろう、と、努力すればするほどおかしなことになるのです。長時間パソコンの前に座っているのに一向に成果は上がらず。とうとう、ぎっくり腰を誘発しました。サーバーを変えるか、「超初心者向けWordPressの使い方」という本を買って勉強します。