今年も気をしっかり持って

いつも、ぐずぐずして出遅れる私。今年も、いただいた年賀状のお返事を書かないうちに松が明け、焦る間に成人の日。と思ったら1月も半ばになってしまいました。オミクロン株とトンガの海底火山の大爆発に気を取られつつ、16日抽選発表の年賀はがきの当選番号もしっかり確認。切手シートが3枚当たりました。使い残しの年賀状は手数料を払って郵便はがきに交換し、寒中見舞いを書くつもり。お返事が出来なかった皆さま、失礼いたしました。そのうち、寒中見舞いが届くと思います。つくづく無駄の多い人生です。前途多難そうな年の初め。気をしっかり持って生きていきましょう。

ブログはボチボチ続けて行きますので、よろしくお願いいたします。

さくら猫の来るレストラン

近所の住宅地の一角に、自宅の一部をレストランに改築したお宅があり、自宅のようにゆっくり過ごせるので、いろんな友人たちと会食を楽しんでいます。コロナ禍のここ2年は、思うように集まれませんでしたが、束の間の休コロナ期に4名でランチ。お店の奥さんも話に加わって、猫の話題で盛り上がりました。この界隈では「地域猫」を飼っています。奥さんが、窓を開けて地域猫達にも餌をあたえます。地域猫は避妊手術、去勢手術を済ませていて、その印に、耳に桜の花びらのような切れ込みが入っているので、別名「さくら猫」。こちらのお宅にも真っ黒で金色の目をしたきれいな保護猫さんがいます。
ランチのメインは魚。こんがり、サクサクの衣を載せた白身魚にクリーミーなソース。
テーブルのクリスマスの飾り。窓から見えるイングリッシュガーデン。
わが家の保護猫の子、モカさん。生後6ヵ月近くなりました。相変わらずの乱暴者。
飼い主の生傷は絶えませんが、少し分別がついてきたかな?という感じ。
高いところに登って、飾っている焼き物を落とそうとするので、全部棚の中に仕舞い込みました。さて、今年も暮れようとしています。明日から寒くなるんだとか。
主宰している団体が福岡県の委託事業を引き受けることになって、てんてこ舞いの忙しさです。
企画力は比較的ある方ですが、事務能力はダメです。
受託したのは良いけれど、暮れも正月も返上し
人の3倍もの時間をかけて、必死で事務作業するんだろうな〜、わたし。

干し柿作り

毎年この季節、干し柿を作ります。野菜屋の店先で赤いネットに入っているトンガリ柿の大きな袋。あれを2個ほど買って帰り、クルクル皮を剥いて紐で結え、軒下に吊るします。50個は作りますかね。

今年はご近所から頂いた丸い渋柿で作ってみました。70個あります。ドライフルーツは糖度が高いので、血糖値を見ながら少しずつ食べます。冷凍しておくと、1年経っても大丈夫。去年のトンガリ柿を昨日食べたら、柔らかくてとても美味しかったです。冷凍しても、カチカチにはなりません。今年の分も、上手くできたら知り合いにお裾分けして、残ったら冷凍しておこうっと。

青い目の子猫

子猫モカの皮膚病も、ひと月余りの治療でようやく治りました。わが家に来たばかりの頃は、小さな白い子猫で目の色も灰青色だったのですが、毛並みが生え揃うと耳とシッポと脚先、それに顔が焦げ茶色になってきました。どうやらシャムが混じっているようで、目はきれいなアクアブルーに。私は、昔から、青い目の猫が飼いたかったので嬉しかったです。

2ヵ月目のモカ。ケージのハンモックがお気に入り。なんだか凄く気が強そうです。
甘えない、笑わない。飽くことなき好奇心であらゆるものをチェックします。
そして、「あんた、誰?」という目つきで飼い主を見ます。
4ヵ月目のモカ  怯むことがない攻撃力。飼い主の手足を鋭い歯で噛みつきます。野生の血が色濃く残っています。テーブルの上、パソコンのキーボード、台所のカウンターを跳梁跋扈して、困るんですけど〜。注意すると怒って飛びかかります。どうしたもんかと、ネコ教育に頭を悩ませているところです。

子猫の皮膚病騒動

子猫がやって来て1週間ほど経つと、この子はもしかして皮膚病を持っているのではないかと気になり始めました。身体を撫でると毛並みの下がゴワゴワと硬いのです。特に、首や頭、目の周り、手足。外からは見えないけれど皮膚がでこぼこして湿疹のようなものがたくさんできている感じ。子猫自身も痒がって始終身体を掻いています。亡くなった老猫メロンが生まれつきの皮膚病持ちで、子猫の頃から20年間、耳たぶの湿疹に悩まされ病院通いの日々でした。この子もアトピーだったらどうしようと心配しながら動物病院に連れて行きました。途中逃げ出さないように洗濯ネットに入れて抱いて行きます。

なかなか名前が決まらず、チビとかミャーとか適当に呼んでいましたが、病院ではカルテを作るので名前が必要です。行き道、「なな」にしようと決めて病院の受付で順番待ちの名簿に「なな」と書き込もうとしたら、前の患猫さん?の名前も「なな」でした。続けて同じ名前もなんだかな〜。ということで、急遽、第2候補の「モカ」に変更。モカベージュというかグレージュというか、なんとも曖昧な色の猫なので。

犬メグと猫メロンがお世話になった近所の動物病院の先生の診断によると、モカの皮膚病は「真菌症」。野良さんが良くかかる感染性の皮膚病で、なんとヒトにもうつるとのこと。ヒトに感染ると「タムシ」と呼ばれるありがたくない皮膚病になるのだそうです。触ったら必ず手洗いをしてくださいと言われました。そういえば、モカを引き取りに行った息子が、兄弟猫も皮膚病で治療中だったと言っていたので、そこで既に感染していたのでしょう。

治癒するまで1ヵ月以上かかるらしいです。コナ薬をとりあえず1週間分、抗生剤の注射、感染部分の体毛が抜けるのでそこに塗る軟膏を貰って帰宅しました。お金もかかるし飼い主にも感染するらしいしで困ったことですが、粛々と治療を続けるしかないです。動物を飼うというのは、可愛さと一緒にこういう問題も引き受けることですよね。トホホ…。

目の上から毛が抜け始め、頭や脚に広がりました。何とも痛々しい様子です。

しばらく隔離した方が良いので、ケージを購入しました。2階建てでハンモックも付いている豪邸です。居間に設置したので、モカは食卓も窓の外も見ることができます。しかし、ここでおとなしく療養していたのは数日間で、薬が効き始めて気分が良くなるとケージから出たいと要求し、家中を探索するようになりました。

イヤハヤ、どーして、皮膚病が治るにつれ、とんでもなく大胆で野生的。狩猟本能に満ち満ちた、元気な女の子になってきました。

わが家に子猫がやって来た

8月初め、生後1ヵ月の子猫を引き取りました。知り合いの知り合いの、そのまた知り合いが5匹の子猫の里親を探しているとのこと。昨秋、20年間一緒に暮らした老猫メロンを看取ってから、わが家は寂しくなりました。猫が居なくなった心のスキマは猫の形をしているので、猫でしか埋められません。でも、私たち夫婦は高齢で最後まで世話できそうもありません。家族で話し合った結果、私たちが世話できなくなったら自分が責任を持って面倒を見ると息子が言うので、決心がつきました。コロナ禍が長引き、おまけに気候不順で散歩も庭仕事も難しい78歳の夫は、頻々と届く同級生の訃報にため息をついています。元気な子猫が夫に活気をもたらしてくれればいいな、という期待も少しはありました。

やって来たのは手のひらに乗るような小さな子猫。体重400g、体長15㎝。壊れそうな儚げな可愛らしさで、どう取り扱ったら良いのやら。

離乳したばかりで、よちよち歩き、水やミルクの飲み方も分からず皿に鼻を突っ込んではクシュ・クシュン!とくしゃみの連発です。トイレの使い方を教えようとしたら、疲れたのか、途中で眠り込む始末。突然親兄弟から引き離されて心細いのでしょう。1日目は餌もトイレも、スポイドで口に入れる水さえ飲まず、ひたすら階段の下に潜りこんで眠って居ました。

猫の赤ん坊は本当によく寝ます。数日経つと、猫の離乳食を食べ始め、トイレも覚え、自分のベッドで眠るようになりました。皆んな、この子猫の一挙手一投足に注目し、話題も猫のことばかり。名前の候補はいろいろありますが、なかなか決まりません。「小梅」「小雪」「なな」「モカ」…。はい、女の子です。

五感の衰え(1) 〜 聴覚

言葉が聞き取りづらい

この頃、耳がとても遠くなった。音はまだ良いのだが人の声がよく聞こえない。「え?」と聞き返すことが多くなった。特に、スーパーのレジなどで厚いビニールカーテン越しに、何か言われてもほとんど分からない。しかもマスクで声そのものもくぐもっている。スーパーで聞かれることは限られているので、多分「マイバッグはお持ちですか?」だろうと見当をつけて「持っています」と答えると合っていたりする。

テレビの音声は幸い、いつぞや紹介したネックスピーカーが大活躍。オリンピックの中継もはっきり聞こえる。度の合った眼鏡をかけ、ネックスピーカーの助けを借りると、見えづらい、聞こえづらい、という最近のストレスが一気に解消されて嬉しい。

アナウンサーの声は面白みがないと思っていたのはよく聞こえていた頃のこと。発声、発語、発音の訓練を徹底的に受けたアナウンサーの声ほど加齢の難聴にありがたいものはない。

それに比べて、家族の声の聞き取りづらいこと。元々、声が大きくもなく発音も明瞭ではないのに、家族はよその人のように向かい合ってきちんと話しかけてくれない。テレビを見ながら、風呂場から、庭から、何やら話しかけられてもさっぱり分からない。

ネックスピーカーのような首にかける集音器か補聴器があればと思う。コロナ禍でご無沙汰していた耳鼻咽喉科に行ってみようかな。嗅覚も衰えて来たので。いえいえ、コロナの嗅覚障害ではありません。持病のアレルギー性鼻炎のせいだと耳鼻科ではずっと言われています。

相変わらず、お弁当だけは作っています。牛丼です。つゆだくにすると塩分過多になるので薄味で煮て、上に載せるだけ。香りに三つ葉。

銀メダルのひと

大分での講演から帰る車中で、とても不思議で魅力的な男性と隣り合わせになりました。頭は光っていて眉も白いので老人だとは思うのですが、パープルで統一したトレーナーとスニーカー、そしてその立ち居振る舞いの軽やかなこと。年齢がさっぱり分かりません。

 彼はリュックサックの中から新聞を取り出して、世界ベテランズ大会の種目別成績表を眺め、フムフムとひとり合点しています。身体中からうれしさ楽しさが発散しているのです。

 揺れる車中をひらひらとバランスを取りながら歩く姿は、ただの老人ではありません。ハハア、彼は宮崎のベテランズ大会でよい成績が取れたのでいそいそと帰る車中なのだと、私はひらめきました。

 というのは、前日の大分行きの車中でも大会のマラソンに出場するという選手とたまたま隣り合わせて、大会の内容や日程についてしっかり情報を仕入れていたので推理力が働いたわけです。

 さて、彼が話しかけてきたので「宮崎の大会でいいことがありましたか」と訊ねると、子供のように無邪気に目を見張って「あんたは霊能者?」「ええ、冝保愛子先生の弟子なんです」、私は両手を合わせながらクスクス笑いました。

 彼はベテランズ大会で、棒高跳びと三段跳びの銀メダルを獲って帰るところだったのです。75歳だということですが、その晴れ晴れとした表情、身軽さ、純真さ、とても年連が信じられません。

「あんたの仕事は?」と聞かれて「死の問題の研究者です」と答えると、「死、ねえ」と困った様子。

「僕は2年後のバッファロー大会で金メダルを狙うつもりでトレーニング計画を立てなくちゃならない。年々記録が伸びるので年を取るのが楽しみで仕方がないのです。死については今のところ関心がないね。あんたには申し訳ないけど...」

私は大笑いしてしまいました。この老人相手にターミナルケアの話は全く似合いません。

でも降りる間際、彼はふと真顔になりました。

「息子を17歳で亡くしました。肺がんで。東京オリンピックの直前だった。私はヤツの写真を胸ポケットに入れてオリンピックの審判を務めました。ヤツが死ぬ前、父ちゃんと一緒に行きたいと言ったもんで・・」

ひとりで下車すたあと、彼は私の窓のところへ来て、手をあげて目くばせをしました。それから競歩の足取りで腕を振り振りホームを歩き去ったのです。(完)

 *書棚の整理をしていたら、1992年に発刊したエッセイ集「カーテンコールが終わるまで」という本が出てきました。中に「銀メダルの人」という東京オリンピック開催中の今の時期にぴったりの内容のエッセイがありましたので、書き写してここに載せてみました。40代前半に書いたものです。宜保愛子さんの名前が出ていたりして、いかにも時代の隔たりを感じますね(笑)

神学院の赤い屋根

 梅雨の晴れ間に散歩に出かけました。七隈四角を真っ直ぐ南へ進むと福岡大学の医学部ですが、左へ折れて、地下鉄七隈駅前を大通り沿いにへ東へ歩くと、Q電の変電所や研修所、城南市民センターと図書館方面です。今日は、このブログのフォロワー、ジイジさんが子供の頃住んでいたと言われる一帯を散策してみました。ジイジさんとはお会いしたことはないのですが、子供の頃や学生時代、同じような地域で過ごしていたようなのです。

 これまで私は、図書館をよく利用していました。が、最近は電子図書館で電子書籍を借りて済ませることが多くなりました。返却の手間がかからないのですごく楽。貸出期限が切れるといつの間にか本が自動的に返却され、消えて無くなっているのです。

左手は坂道で、社員研修所があります。
60 年前にもあったのかどうかは分かりません。
日本カトリック神学院前のバス停は「小松ヶ丘」です。ここ一帯の地名は「松山」
道路を挟んで向こう側は「片江」と言います。
バス停の奥には公園があり、コンビニでアイスコーヒーを買って一休みするのに最適な場所。
私の散歩コースのお気に入りのスポットです。

公園の裏手が、ジイジさんが懐かしんでおられた赤い屋根の神学校です。当時は、聖スルピス大神学院と呼ばれていたと思います。2009年に東京カトリック神学院と合併され、日本カトリック神学院福岡キャンパスとなったそうです。

子供の頃、見慣れた建物や通学路がまだ残っているのは嬉しいものですね!

弁当を作る

コロナ禍、事務所で昼食を食べる息子と、自宅の自分たちのために、出来るだけバランスの良い弁当を作ることにしています。前夜の晩ごはんの食材を取り分けておいて全く別のおかずにしたり、生協の冷凍食品を使っていろいろ工夫するのは楽しいものです。

弁当といえば梅干。昨年は大きな南高梅で柔らかく味の良い梅干ができ、重宝しました。今年もそろそろ梅干作りの季節が到来します。