久々に仕事部屋を片づけようとして不要な書類の束を床から持ち上げた途端、腰にビリッと電流が走りました。「やってしまった!」と後悔しても時遅し。昨日は寝たきり、今日は起き上がったものの、腰を延ばすことができず、家の中を杖をついて歩いています。日がな一日パソコンの前に座っているのが原因かもしれません。ネットで手当て方法を調べると、患部を冷やして安静、というのが王道のようです。ビリッと来た後、ストレッチ運動をしてお風呂に入ったのは、完全に誤った初期対応でしたね。
それにしても、波多江伸子の部屋!いったいどうなっているのでしょう。次々と変な風に内装が変わっていますね。最初はプレハブ住宅風、次はまるでプロのサイトのような写真とレイアウト、そしてまた今度は、アメリカの子供向けの壁紙みたいな作りですよね。
う~ん、要するに、WordPressの操作方法が分からないまま、無免許運転風に、あれこれクリックしまくっています。画像を入れよう、リンクを貼ろう、と、努力すればするほどおかしなことになるのです。長時間パソコンの前に座っているのに一向に成果は上がらず。とうとう、ぎっくり腰を誘発しました。サーバーを変えるか、「超初心者向けWordPressの使い方」という本を買って勉強します。
ヨリコさんのご葬儀は宗教色がないシンプルなものでした。みんな泣いていて、悲嘆にくれていて、途方にくれていました。私はなかなか受け入れられず、早く逝ってしまったヨリコさんに怒っていたのを覚えています。私とTのさんは梓書院という出版社に出入りしていて、ヨリコさんと知り合いました。私に一番大切なことを教えてくれた人です。
タッタッタッタッ!!クルッ!! ペタン!!
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
「遅ればせながら!てふてふ、参上つかまつり候!」
昨夜、再開に気づきやって参りました。
どうも私、しんがりのようですね。皆さんは早々に
お集まりでスゴイ!心がポカポカしてきました。
皆様とメロン様の ご多幸を心よりお祈りします。
今年もよろしくお願いします
てふてふさま、やっといらっしゃいましたね。
お待ちしていましたよ。
ここかな?と扉を開けてみたら、おなじみの顔ぶれがみんな揃っていて
語り合っていた、という嬉しい懐かしい感じでしょうか?
私の不注意で消滅したブログを
皆さんがこうして探し当て、また訪ねて来てくださることに
心から感謝しています。
年がかわるとともに、『伸子の部屋』の内装も『美輪明宏さんの部屋』風にリニューアルかな?
落ち着いた紫の部屋、大人の部屋って感じで私的には吝かでありません。
今年があたたかく、穏やかな年になるよう願っています。
確かに、美輪明宏さんの公式ホームページにそっくりです。
このブログは占いやスピリチュアル系ではありませんが
人生について楽しく語り合える大人向けのサロンにしたいと思っています。
季節ごとに改装する予定です。
こんにちは。先日の西日本新聞のヨリコさんの記事以来、ずーっとヨリコさんの思い出に浸っています。私にとって大恩人です。考え方を柔軟にすることを教えてくれました。すてきな人でした。お子さんはうちの子の二つ下でしたから、31歳になられると思います。どんな女性に成長されたか、お会いしてみたい気もします。
74期のT野さんに切り抜きを送りました。今度福岡に帰ってきたら、二人でいっぱい思い出を語りたいと話しています。
ヨリコさんは、「あたしね、大学時代に<源氏物語研究会>を立ち上げたとよ」と言っていましたが、
香川うどんやT野さんは、その会に参加したことがあるのですか?
乳がんが肺や肝臓に転移して、「大晦日に呼吸停止したとやけどね、
旦那の救命措置で息を吹き返したと」と、緊急搬送された病院から、お正月、私のところへ、なぜか嬉しそうな声の電話がかかってきました。あの人、たいがい追いつめられた状況の時も、どこか、余裕がありましたよね。
それから2週間ほどで亡くなりましたけど、お通夜で、旦那さんではない男の人たちが、棺に取りすがって号泣していたと、参列した友達が報告してくれたけどホントですかね?確かに、男女問わず好かれる、魅力的な人でしたけど。
はい。わかりました。
『サスケハナ号』・『ミシシッピー号』・『サラトガ号』・『プリマス号』の4艘です。ペリーが乗っていたのは旗艦『サスケハナ号』です。蒸気船はサスケハナ号とモシシッピー号の2艘でサラトガ号とプリマス号は帆船とのことです。4艘が蒸気船だったわけではありません。
因みにぺりーが浦賀に来たのは私の生まれる97年前です。
つい最近なんですね。
若いときはずっと昔の出来事と思っていました。
ネットはすごい。
確かに、年齢と共に時間の意識が変わって来ます。
「現在」はあっという間に過ぎていくし、
「未来」はおぼろげにしかイメージできなくなりました。
幕末や明治時代が近く感じられるようになるのは
自分も「過去」の歴史の小さな一部になりつつあるからでしょうかね。
はあ、なるほど、そうですね。
もう少し年齢を重ねると源氏物語や枕草子などの平安文学がとても身近に感じるようになるかもしれません。
波多江さまの言説に大いに納得する市井の人です。
ギックリ腰は痛そうですね。
お見舞い申し上げます。
ネットでのギックリ腰検索ですか。
先日『黒船』の4艘の名前が知りたくなって検索しました。
百科事典などは1件だけどネットでは10万件出てきました。
ネットの情報量、オソルベシ!
ブログの内装が見るたびに変わっているのでおもしろいです。
波多江さまが変えているのかと思っていました。
本人も知らない間に変わるとは摩訶不思議ですね。
ブログの内装は、確かに私自身が
「カスタマイズする」のメニューをクリックして変更しているのです。
ひとりでに変わっているわけではないのですが、一部変更するつもりが
全部そっくり変わってしまうのです。自分の意図しないものに・・。
定型のデザインが洗練され過ぎていて、
どーも、私のような、素人のブロガーには合わないみたい。
見出しの赤い字の大きさは、何とかしたいのですけどね。
ところで、浦賀に来航した4隻の黒船の名前は分かりましたか?
来年は、新・黒船時代になりそうな日本の国際情勢ですね。